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ミルクのごろごろ
ミルク
ミルクを飲むとお腹がごろごろする人は多いようだ。
これは、その人が牛乳の成分のひとつ”乳糖”を消化できないためである。

牛乳などのほ乳類が出す乳に含まれる乳糖を分解する酵素は
幼児のうちは誰でも持っている。
ところがこの酵素、必要に応じて生産されるものなので、
普段牛乳を飲み付けない人の腸からは姿を消してしまっている。
そんなところへ大量の乳糖が流れ込んでくるのだから結果は推して知るべし。


人種によってはこの酵素を作る能力を大人になると失ってしまう人が多かったり、
逆に大人になっても常に作り続けている人がいたりもする。

人間は本来この能力を恒常的に持っていたらしいのだが、
ある時、この酵素が必要に応じて生産されるようなグループが現れた。

本来ならばある種の成分を消化できないことが
そのグループにとっての枷となるはずだったのだが、
乳糖を消化できるのが幼児だけであることは、
逆に飢饉の際に幼児が生き残る確立を高める方向へと働いた。
それが結果的にそのグループの生存確率を高め、
乳糖に耐性のないグループは全世界へと版図を伸ばす
・・・はずだった。


そんな折、牧畜が始まった。
そして乳製品は重要な食料源のひとつとなり、
乳糖に耐性のないグループの存在価値は霧散してしまった。

結局今では乳糖に耐性があろうがなかろうが生存確率に変化のあろうはずもなく、
人類はこうして中途半端な状態で進化を止めてしまうに至った。

こうした進化は隔離された小さいグループであればあるほど早くなる。
日本人に欧米人より多くの乳糖不耐の人がいるのはそんな理由がある。


戦後、アメリカから援助物資として大量の小麦粉と脱脂粉乳が送られてきた。
ところが当時米食中心だった日本人には小麦粉は無用の長物、
そして乳糖不耐の多い日本人には脱脂粉乳も無用の長物。

結局これらの品は学童の栄養源として使われることとなった。
学校給食はこうして始まったのだそうだ。

栄養価が高いのなんのと理屈を付けようが、
脱脂粉乳のあの味は未だに嫌な記憶として残っている。

まあそのせいで私は今でも牛乳を日常的に飲めるわけで、
果たして恨むべきか感謝すべきか迷うところではあるな。


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2001/02/24 update