| 先日、知り合いから梨をいただいた。
その人によると『豊水を陽に当てずに水分をやっぷりやって育てた』梨だそうだ。
これが味も見た目も二十世紀に近い。
知らずに食べた時には二十世紀と他の梨をかけあわせたのだと思ったくらいである。
育て方でこれだけ味が変ると言うことは、
品種による違いは、実はそれほど大きくないのかも知れない。
これはひとつの優れた品種が
その種自体を変革出来ることを意味している。
豊水に限らず、市場に出まわっている梨のほとんどは赤梨と青梨の交配種である。
赤梨の代表格は長十郎。
青梨の代表格は二十世紀。
古くからあった長十郎梨は比較的糖度は高いものの果肉は固く、水分も少なめだった。
ところが19世紀も終る寸前に偶然発見された一本の木が、梨の運命を大きく変えた。
千葉のある農園のゴミ捨て場に自生した梨の木。
その木に成った実はそれまでの梨よりはるかに柔らかく瑞々しかった。
来るべき20世紀の主流とするべく、
その梨は”二十世紀”と名付けられた。
この二十世紀、もちろんいい点ばかりではない。
瑞々しささは裏を返せば水っぽさ。
柔らかさは傷みやすさにつながる。
これを解消するべく、以前の長十郎との交配などから新しい梨が次々に生まれて来た。
そして今、それらの梨は市場にあふれている。
それらの梨も元を辿れば一本の木から始まった。
近年、人間のミトコンドリアのDNAの解析から人類のルーツを探る試みが行われた。
それによると人類はたったひとりのアフリカ人(猿?)から始まったらしい。
彼女は”アフリカのイブ”と呼ばれている。
梨にあってはこの木こそが”イブ”と呼ぶにふさわしいのだろう。
言うなれば”ゴミ捨て場のイブ”。
彼女(彼?)は昭和23年に枯死してしまったそうだが、
今もどこかで新しいイブが発見を待っているのかも知れない。
まだ見ぬイブに幸多からんことを。 |