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時代の潮流
先日、仕事先で煎餅をいただいた。

いつもならば自分からは手を出さないのだが、空腹だったこともあり、久しぶりに口にしてみた。
『お、これはなかなか』

それ以来、何度か自分でも購入するようになった。
珍しいこともあるものだ。


私には好き嫌いはほとんどないのだが、どうも固いものはやや敬遠する傾向がある。
同じ”固い”でも、ゴムを噛むような歯ごたえのある食べ物ならばまったく問題ないし、むしろ好きな方なのだが、がりがりの塊が口の中に残るような食べ物はどうにも苦手だ。
特に煎餅はその筆頭であり、あの歯ぐきから頭に抜けるような衝撃を思い浮かべるだけで歯の根が疼いてくる。
それに、あんな角のとがったものを噛んだりしたら歯ぐきに傷がついてしまうではないか。

ところが先日の煎餅にはあの”衝撃”がなかった。
もちろんまったくないわけではないのだが、唇を支えにすれば割れるほど軽く、唾液に触れればすぐに湿って柔らかくなる。
これなら私でも食べられる。(笑)

昔の煎餅とどこが違うのかと断面をつくづく眺めると、内部はほとんどが空洞、まるでスポンジの如き様相を呈している。
なるほど、これだけ軽ければあの食感も当然なのだろう。

思えば私はビスケットよりクッキーが好みであるし、その中でもサブレをもっとも好む。
歯に当たってサクッと崩れるあの食感はまさしく”至福”、あれこそ人間の食べ物だろう。


ビスケットは”二度焼く”を意味するフランス語が語源だと言われている。
元々はパン生地であり、構造を支えているのは小麦粉に含まれているグルテンが絡み合った膜であり、これに良く火を通して乾燥させると非常に固くなる。
構造的には煎餅のでんぷんの膜に近いと言える。

これに比べるとクッキーは油脂が多いためにグルテンの成長が妨げられ、本来グルテンの少ない薄力粉を使うこともあって非常に脆い構造をしている。
サブレに至っては”砂(サンド)”とまで言われる通りにさらに脆く、口の中でまさしく砂のようにほろほろと崩れる。

登場時期を考えてもわかる通り、焼菓子の進化はビスケットからクッキー、そしてサブレと、食感が軽くなる方向へと進んでいる。
現代人は軽くて歯ごたえのない食感を望んでいるのだ。


本来煎餅もビスケットも保存のために作られた食品である。
保存性を高めるためには固く焼く必要があった。
今のサブレを見ればわかる通り、サクサクの食感はすなわち湿気りやすさと比例する。
容器の密閉技術が進歩して初めて食べることができたお菓子と言えるだろう。

同様の進化が今、煎餅で起こっている。
店頭に並ぶ煎餅には”軽さ”を売り物にしたものが増え、以前のように割るために金槌が必要なげんこつ煎餅などは既に過去の遺物となってしまった。
その代わりに包装は厳重なものになり、中には乾燥剤さえ必要なものもある。

きっとこの風潮を苦々しく思っている年配の方は多いに違いない。
しかし私にとっては行幸この上なし。

これぞ時代の流れと言うものだ。


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2002/03/09 update