| 明日は節分、みなさんの家庭では豆まきはするだろうか?
我が家では毎年豆をまくのが好例となっているのだが、残った豆を砂糖豆にして食べるのもまた好例となっている。
これは砂糖がけピーナッツに似たようなもので、大豆で作ってもかなり美味しいものである。
この砂糖豆を作るのはいつの頃から私の仕事になった。
砂糖豆の作り方は極めてシンプルである。砂糖と水をフライパンで熱して溶かし、頃合いを見て豆を加えてかき混ぜるだけ。
ところがこの豆を加えるタイミングがちょっとばかり難しい、下手をすると飴がけになってしまったり、砂糖に水分が残って重たくなったりする。
そもそも何故煮詰めたシロップに豆を入れて混ぜると白く結晶化するのか?
砂糖水を煮詰めている時、砂糖は過飽和と呼ばれる状態になっている。
砂糖が水に溶ける量は温度によって決まっているので、水分が加熱によって飛んで少なくなれば、砂糖がいつ結晶化しても良い状態になってしまう。
それでも結晶化するためには何か核になるものが必要で、この核となるのが豆にあたるわけだ。
この過飽和は身近なところでも頻繁に起き、利用されている。
例えば雨は雲中の水蒸気が過飽和状態になり、空気中のチリを核にして粒になったものであるし、こんぺいとうや氷砂糖は核となる芥子の実や砂糖粒を過飽和状態の蜜に入れて成長させたものだ。
過飽和状態ではちょっとした衝撃も結晶化を促進する。
冷蔵庫できんきんに冷えたドリンクが飲み始めた途端にシャーベット状になった経験のある方もいると思う。
この現象は製菓にも利用されている。
パンやケーキの上がけとして使われるフォンダンをご存じだろうか。
これは煮詰めたシロップを大理石などの台の上で急速に冷やしながら激しく撹拌して作る。
急速に冷やすことで砂糖は過飽和の状態になり、撹拌することで衝撃が加わって結晶化が進む。
そして冷えるまで撹拌を続けることで結晶は大きく成長することなく蜜の中に分散した状態になる。
言うなれば砂糖豆はフォンダンの親戚、シロップを煮詰め過ぎれば水分が少なくなり過ぎて非晶質のまま固まってしまうし、煮詰め方が足りなければ水分が残ってかりっとした食感は得られない。
真面目に作ろうとすればフォンダン同様に正確な温度管理が必要なのだろうが、そこはそれ、家庭の味である、あまり深く考えずに軽く作るのが一番のようだ。
ここのところ世間には不況と言う名の鬼がはびこっているようだ。
節分には思いっきり豆をまいて憂さ晴らしも兼ねて鬼を追い払い、残った豆を福として砂糖豆にして食べる。
これぞ甘いもの好きの心意気と言うものだ。
あまり深刻にならずに軽く吹き飛ばしてやろうではないか。 |