毎年9月最初の週末は、目黒の総鎮守”大鳥神社”の祭礼。
今年もなにやらばたばたと準備を始める時期になった。
祭りと言えば御輿だが、御輿に代表される”祭りの動”は私に取っていささか近づきがたい雰囲気を持っている。
となれば”祭りの静”である縁日にでも行こうかと言うことになるはずだが、大鳥神社は境内が狭く、世間一般で言う神社の雰囲気にはほど遠い。
境内が狭いものだから露店を出すのは当然付近の歩道、これでは雰囲気ぶち壊しもいいところ。
ああ言うものはやはり土の上でなくては。
それでも露店には様々な菓子が並び、郷愁をかき立ててくれる。
綿菓子、カルメ焼き、アンズ飴、ソースせんべい、チョコバナナ、ベビーカステラ等々、どれも懐かしい記憶と共にその味が蘇る。
食用色素のどぎつい赤い色も、どんな添加物を使っているのかもわからない駄菓子も全て許されてしまうような不思議な雰囲気だ。
しかし、たまに普通の店で見かけ懐かしさに買ってしまう駄菓子の味は記憶にある味とは少々違うような気がする。
これらの駄菓子はその場で雰囲気を楽しみながら食べてこその味なのだと思う。
雰囲気とは言わば『表立って認識されない知覚』。
土の匂い、人ごみのざわめき、色とりどりの露店ののぼり、それらが味と共に記憶として刷り込まれている。
記憶にある味とその品物だけの味が違っていて当然とも言える。
駄菓子でさえこれなのだから、有名店で出すケーキの場合でも店の雰囲気作りは重要な課題となる。
店の内装、BGM、食器、店員の態度、様々な要素がケーキ自体の味を左右している。
同じことは我々素人が撮影するケーキの写真のアレンジメントでも言える。
ケーキ本体だけでなくまわりに飾られた様々な品を含めて評価されるため、同じケーキを撮影してもまわりに何を置くかでその写真の質自体が変わってしまう。
店で食べるケーキ同様、良い雰囲気を作ることが高い評価を得られるかどうかにつながっていると言うわけだ。
これだけわかっていてもケーキの写真のアレンジメントは難しい、何度撮影しようが私の写真は呆れるほど素っ気なし。
上手な人の写真を見るたび溜め息をつくのが日課のようなものだ。
私は御輿をかつぐほど祭りが好きなわけではないし、縁日に誘う彼女がいるわけでもない。(寂しい話だ
台所が空くいい機会でもあることだし、今年もケーキを作ってセンスを磨くとしようか。 |