我が家では毎年7月半ば、今の時期にお盆の迎え火と送り火をする。
送り火の日にはお菓子や果物などのお供え物を麦わらで包んだ舟を作って川に流すのが決まりだ。
毎年の事ながらいささかもったいないと思うし、環境保護のためにもよろしくないと思う。(^^;
お盆のお供え物はご先祖さまの食事だが、同じようでも神様に供えるのは奉げ物であり意味合いが異なってくる。
今の神様たちはどうか知らないが、古墳時代の人柱や、ヤマトタケルの東征の際の荒れる海を沈めるために海に身を投げる女性の話などからもわかるように、シャーマニズムが浸透していた時代の神様たちは生贄を好んだようだ。
時代が下るにつれて贄も代用品へと変わってくる。
人柱は人形(ひとがた)となり、荒れる海、もしくは川を鎮めるために人の頭を似せて作った饅頭を奉げる話は三国志でも有名だ。
以前団子の話の時に触れたが、日本の団子のルーツとも言えるみたらし団子は本来人形(ひとがた)であり、5個の団子は五体を表わしていると言う。
東洋だけでなく、似たような話は西洋にもある。
復活祭は今ではキリスト教の祭となっているが、これはキリスト教が吸収してしまったケルト人たちが行っていた古代の祭であり、当然生贄を使う。
当時使われていた生贄は子羊そのものだったが、こちらも今では子羊を模したケーキへと様変わりしている。
洋の東西を問わず、どうやらお菓子には生贄の代用品としての側面があるようだ。
最近人形焼から派生したと思われるキャラクターの顔を模した饅頭が東京土産として売られているのを目にするようになった。
ハイテク国家日本の首都のお土産が人形(ひとがた)であるとはなんと皮肉なことか。
人が集まれば想いも集まり、集まった想いは信仰を作り上げて行く。
一千数百万人の人の想いが作り上げた”東京”と言う名の神話。
お土産はその都市への奉げ物なのかもしれない。 |